
はじめに:その香水は「体温」か、それとも「概念」か
「推しの香水」という響きには、いつだって期待と同じくらいの不安がつきまといます。 公式から供給されることは無条件に嬉しい。けれど、予約ボタンを押す前に、我々オタクは脳内で一つの「問い」と戦うことになります。
「この香水は、『何の香り』として作られているのか?」
この手のアイテムには、大きく分けて二つの流派が存在します。
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一つは、「体温」を感じさせるアプローチ。 ふとした瞬間に纏っている空気、肌のぬくもり、あるいは息遣い……いわゆる「本人がそこにいる実在感」を再現しようとする香りです。
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もう一つは、「概念」を構築するアプローチ。 彼らが紡ぐ音楽、生き様、精神性といった抽象的なイメージを、香料という芸術で表現する香りです。
解釈違いは致命傷になりかねません。「私が感じたいのは推しの『肌』なのか、それとも『魂』なのか」。 ここが噛み合わないと、どんなに良い香りでも「なんか違う」という悲劇が生まれてしまうのです。

「手軽なグッズ」の枠を超えたpattythreeの挑戦
今回、『あんさんぶるスターズ!!』の全アイドル香水化という大型プロジェクトを打ち出したのは、2023年設立の新鋭メーカー「pattythree(パティスリー)」。
正直に言えば、発表された瞬間、私の心中は複雑でした。 これまでも『あんスタ』は香水(ロールオンフレグランス等)を発売してきましたが、それらは2,000円前後の、いわゆる「手軽に楽しめるグッズ」の範疇でした。
しかし今回の価格は、税込6,490円。 これは、イメージ香水の最大手ブランド『primaniacs(プリマニアックス)』と同等の価格帯です。つまり、単なる「グッズ」ではなく「本格的な香水」として勝負を挑んできていることになります。
ここで一つの大きな不安が頭をよぎります。 pattythreeはぬいぐるみから缶バッジまで、手がける商品は多岐に渡ります。企画力こそダントツで高いものの、ノウハウのないメーカーが作る6,490円の香水は、果たして値段に見合うのか?
しかしこれまで数々の名作を生み出しているpattythreeです。大きな期待と微かな不安を抱き、私は実物を手にしました。

【豆知識】なぜ高い? 香水の種類と「持続時間」の話
ここで少し、香水の基礎知識を整理しておきましょう。 一口に「香水」と言っても、香料の濃度(賦香率)によって呼び方や持続時間が異なります。これを知っておくと、今回の6,490円という価格設定が決して「高いだけ」ではないことが分かります。
一般的に、香水は濃い順に以下の4つに分類されます。
1. パルファム(Parfum)
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濃度: 15~30% / 持続: 5~7時間
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最高級ランク。一滴で強く香り、価格も非常に高価です。
2. オードパルファム(Eau de Parfum)
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濃度: 10~15% / 持続: 4~6時間
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香りに深みがあり、しっかり残るタイプ。デパコスブランドの香水に多く見られます。
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★今回のpattythreeの香水はこちら。また、primaniacsもここに位置します。
3. オードトワレ(Eau de Toilette)
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濃度: 5~10% / 持続: 3~4時間
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カジュアルに使いやすく、トップからラストまでの香りの変化を最もバランスよく楽しめます。
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★movicのロールオンフレグランスはここに位置します。
4. オーデコロン(Eau de Cologne)
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濃度: 2~5% / 持続: 1~2時間
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非常に軽く、リフレッシュ用やお風呂上がりに最適。過去に発売されたキャラクター香水グッズの多くは、ここの分類(もしくはさらに軽いボディミスト)に近いものです。
これまでグッズとして出ていた安価なフレグランス類は、すぐに香りが飛んでしまうものが大半でした。 対して、今回pattythreeが発売したのは「オードパルファム」。 数時間かけて物語のように変化する「化粧品としての香水」にお金を払うと考えれば、この価格設定も納得がいきます。
結論:それは香りで綴る「叙事詩(ストーリー)」
結論から言いますと、pattythreeは本気でした。
私の抱いていた「雑貨メーカーのグッズ香水」という懸念は、ワンプッシュした瞬間に霧散しました。 これは、安易な「体温の再現」でもなければ、薄っぺらい「イメージカラーの香水」でもありません。
トップノートからラストノートへ。時間が経つにつれて移ろう香りの変化に、彼らが歩んできた「軌跡」と「成長」そのものを重ね合わせている。 ただ「いい香り」で終わるのではなく、香りを追うごとに彼らの過去や未来がフラッシュバックする。まるで、アイドルの人生そのものを瓶詰めにしたような、極めてドラマチックな「物語の結晶」だったのです。
今回は、そんな「香りの物語」がいかに解像度高く作られているかを分析し、いくつかのケーススタディ、「Valkyrie(斎宮宗・影片みか)」「朔間凛月」「Special for Princess!(カンナ・ライカ)」を例に紐解いていきます。

解釈を「香り」に翻訳するプロフェッショナル。OEM「株式会社ピノーレ」
まず、私がこのプロジェクトに「ただのグッズではない」という本気を感じた最大の理由は、OEM(製造元)の選定です。
そもそもOEMとは、「Original Equipment Manufacturer」の略で、ブランド側の代わりに製品を製造するメーカーのこと。
要するに、「企画はpattythreeだけど、中身の香水を実際に作っているのはどこなのか?」という話です。
要するに、「企画はpattythreeだけど、中身の香水を実際に作っているのはどこなのか?」という話です。
製造販売元に記されていたのは「株式会社ピノーレ」の名前。
もしかすると、「金熊香水」というブランド名なら聞いたことがある方もいるかもしれません。
ピノーレ社は、著名人やキャラクターのイメージ香水を数多く手掛けている、いわば「概念を香りに翻訳するプロフェッショナル」です。
ピノーレ社は、著名人やキャラクターのイメージ香水を数多く手掛けている、いわば「概念を香りに翻訳するプロフェッショナル」です。
ここが非常に重要なポイントです。
pattythreeが、単なる化粧品工場ではなく、「イメージ香水」の実績がある会社をパートナーに選んだということ。
これはつまり、「pattythreeが持つ深いキャラクター解釈」を、ピノーレという「フレグランスの専門家」が正確に汲み取り、調香技術で具現化するという強固な布陣が敷かれていることを意味します。
pattythreeが、単なる化粧品工場ではなく、「イメージ香水」の実績がある会社をパートナーに選んだということ。
これはつまり、「pattythreeが持つ深いキャラクター解釈」を、ピノーレという「フレグランスの専門家」が正確に汲み取り、調香技術で具現化するという強固な布陣が敷かれていることを意味します。
「こういう香りにしたい!」というpattythreeのオーダーに対し、職人が的確に応える。 ただの思いつきの商品展開ではなく、「解像度の高い香水」を作るための土台が、このOEM選定の時点で既に完成していたのです。

検証1:Valkyrieの香りに見る「解釈の解像度」
では、肝心の中身(香り)はどうなのか。 「Valkyrie」の二人、斎宮宗と影片みかの香りを分析した結果、そこには恐ろしいほどの「キャラクター理解」がありました。
■斎宮宗:高潔な棘と、甘美なアンティーク

【香りの構成】
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Top: Peach / Cassis / Juniper berry
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Middle: Muguet / Jasmin
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Last: Iris / Sandalwood / Amber / Vanilla
トップノートで桃やカシスといったフルーティーな甘さを漂わせつつ、そこに「ジュニパーベリー」をぶつけてくるのが天才的です。ジュニパーベリーはお酒のジンに使われる香料で、冷たく鋭い、針葉樹のようなキレがあります。 これはまさに、宗の「美しさ」と、人を容易に寄せ付けない「高潔な棘」の表現ではないでしょうか。
そしてラストにかけて、サンダルウッド(白檀)やバニラの重厚な甘さが広がります。それはまるで、彼が愛するアンティークに囲まれたアトリエの空気感。完璧です。
■影片みか:純真な光と、覚醒する芸術

【香りの構成】
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Top: Lemon / Lime
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Middle: Muguet / Jasmin
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Last: Musk / Amber / Balsam / Vanilla / Patchouli
影片みかというアイドルの「二面性」と「成長」が見事に表現されています。 トップノートは、レモンやライムの透明感あるシトラス。「子どもたちを笑顔にしたい」と願う彼の純粋さや、性格の和やかさをそのまま抽出したような、混じりけのない光の香りです。
しかし、ただ「明るい」だけではありません。ラストノートに向かうにつれて、「パチュリ(墨汁や土のような香り)」や「バルサム(樹脂)」といった、深く複雑な香りが顔を出します。 これは、彼が持つ「しっとりと柔らかな歌声」や、舞台上で放つ「異彩」。 かつては師の芸術に没頭していた彼が、いま自らの足で芸術を探求し始めた「アーティストとしての深度」が、このラストノートに込められているようです。
■【比較考察】共通する「魂」と、確立された「個」
ここからが本題です。二人の香りを並べて比較したとき、ある「物語」が浮かび上がってきました。
① Middleノートの一致:共有する「心臓」
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宗: Muguet / Jasmin
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みか: Muguet / Jasmin
驚くべきことに、二人は香りの核となるMiddleノートが完全に一致しています。 Top(第一印象)もLast(本質)も違う二人。けれど、その胸にある「芸術への想い」や「魂の在り処」は同じである……。言葉ではなく「成分」で、二人の絆の強さを証明しています。
② Lastノートの相違:対等なパートナーへの進化
そして最も唸らされたのがラストノートです。 実は二人のラストノート、全く同じではないのですが、「Amber(アンバー)」と「Vanilla(バニラ)」という2つの甘く温かい香料が共通して使われています。
しかし、ここが重要なのですが、「同じ香り(構成)」ではありません。
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宗は、そこに「サンダルウッド」や「アイリス」を重ね、あくまで格調高く、ドライで芸術的な甘さへと昇華させています。
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みかは、「ムスク」や「パチュリ」といった、湿度や体温を感じさせる香料と共に香らせています。
同じ「アンバーとバニラ」という根源的な温かさを共有しながら、宗は「天上の芸術」として、みかは「地上の情愛」として、それぞれの表現方法を確立している。 これは、かつてのような「師と人形(=同一)」ではなく、互いに違う足で立ちながら、同じ方向を見ている「対等なパートナー」としての関係性が表現されているのではないでしょうか。

検証2:朔間凛月と「強制睡眠」の魔力
Valkyrieが「物語」を纏う香りだとしたら、もう一人、「物理現象(体感)」としてキャラクターを再現してしまった恐ろしい香水がありました。 それが、朔間凛月の香水です。
実はこの香水、肌に乗せた途端に「抗えない強烈な眠気」が襲ってくるのです。(※個人の感想ですが、あまりにも深く寝落ちしました) なぜなのか? 香りの構成を見て、その理由に戦慄しました。
【香りの構成】
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Top: Lavender / Blood orange / Grapefruit
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Middle: Ginger flower / Green tea
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Last: Cedarwood / Amber / Musk
まずトップノートに、安眠効果の代表格である「ラベンダー」。そしてラストには、自律神経を整え深い呼吸を促す「セダーウッド(針葉樹)」。 科学的にもリラックス効果が高すぎるこの構成は、日中いつでも眠そうにしている彼自身の「生体リズム」そのものです。
さらに芸が細かいのが、単なるリラックス系ではない点。 トップにあえて「ブラッド(血)オレンジ」を配置して「吸血鬼」のニュアンスを残しつつ、ミドルには「グリーンティー(緑茶)」を香らせることで、所属ユニット『Knights』の優雅なティータイム(ただし木陰でのうたた寝)を表現しています。
「いい匂い」を作るだけでなく、「つけると彼と同じように眠くなる(同調する)」という体験まで設計してくる。 この香水は、彼が周囲に張っている「安眠結界」そのものなのかもしれません。

検証3:Special for Princess! に見る「配合比率」の魔法
Valkyrieが「物語」、凛月が「体感」だとしたら、新ユニット「Special for Princess!(エスプリ)」の香水には、まるで化学実験のような精密な仕掛けが施されていました。
対象となるのは、ライカとカンナ。 この二人、香りのレシピは9割方同じです。しかし、肌に乗せてみると最初の爽やかな印象こそ似通っているものの、「鮮烈なレモン」と「柔らかな甘さ」という真逆の印象を受けます。 なぜこれほど変わるのか? 理由は大きく2つありました。
■1. 決定的な成分:「Cedarwood(シダーウッド)」の有無
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ライカ: Musk / Amber / Cedarwood
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カンナ: Musk / Amber (※シダーウッドなし)
① ライカ:ブレーキが生む「永遠の少年性」
ライカの方には、ヒノキ科の樹木である「シダーウッド」が入っています。 香水において、シダーウッドは「ドライ(乾燥)」と「シャープさ」を与える香料です。これがムスクやアンバーの甘さをきゅっと引き締め、抑制する「ブレーキ」の役割を果たします。 結果、甘さが表面に出てこず、トップの「レモン・ライム」の酸味と苦味が、木の鋭さに支えられていつまでも続いているように感じます。
これは、彼が持つ「どこまでも純粋で、誰にも染まらない」、ある種の「完成された(変わらない)少年性」の表現でしょう。
② カンナ:ブレーキを外した「無防備な甘さ」
逆にカンナには、引き締め役の「シダーウッド」が入っていません。 本来、カンナはシャープで辛辣な印象を持たれるキャラクターですが、香水のラストノートは驚くほど「甘く」変化します。 これは、ベースノートである「ムスク・アンバー(人肌の甘さ)」が、遮るものなく溢れ出してしまうからです。
トップの柑橘が飛んだ後、残るのはパウダリーで柔らかな「素肌の匂い」。 鋭く賢しい言葉の裏に隠された「年相応の無防備さ」や、心を許した相手にだけ見せる「体温(情)」のメタファーなのかもしれません。

■2. 「配合比率」という見えない魔法
そしてもう一つ、香水には成分表には書かれない「配合比率(バランス)」という魔法があります。 おそらく、この二人は成分が似ていても、投入されている「量」が決定的に違うはずです。
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ライカの配合予想(Top重視): トップの「レモン・ライム」やミドルの「グリーン」の比率を極限まで高く設定していると思われます。 爆発的なフレッシュさを重視し、ラストの甘さはあくまで「支え」程度に抑えているため、いつまでも爽やかな光の印象が続きます。
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カンナの配合予想(Last重視): 逆に、トップの柑橘は「最初の掴み」程度に抑え、ラストの「ムスク・アンバー」の比率を高めている可能性があります。 時間が経つにつれて体温で温められたベースノートが前に出てくるため、後半になればなるほど甘く、少し色気のある香りに変化していくのです。

【結論】 似ているようで、芯の部分(シダーウッド)が違い、内包する熱量(配合比率)も違う。 このわずかな差で、二人の内面のコントラストを描き出すとは、流石としか言いようがありません。
パッケージに見る「オタク目線」:箱は捨てるものではない
今回のフレグランスのポイントは、香りの良さだけではありません。 パッケージのデザインひとつ取っても、「オタクがグッズをどう使うか」という顧客視点を徹底的に研究していることがわかります。
実物のパッケージを見て、最初に気になったのは「中央の大胆な白抜き(円形デザイン)」でした。 一見、不思議な空白に見えますが、これこそが同社の発明です。
この白抜き部分の前に、手持ちのアクリルスタンド等のグッズを置いてみてください。あるいは、同社の「いつぬい」を並べてみてください。
この白抜き部分の前に、手持ちのアクリルスタンド等のグッズを置いてみてください。あるいは、同社の「いつぬい」を並べてみてください。

そう、この箱は単なる梱包材ではなく、「推しを輝かせるための背景(ステージ)」として設計されているのです。
空白がスポットライトやフレームの役割を果たし、グッズを置くだけで即席の「祭壇」が完成する。 そこには、グッズを愛するファンへの深い共感とリスペクトがあります。
空白がスポットライトやフレームの役割を果たし、グッズを置くだけで即席の「祭壇」が完成する。 そこには、グッズを愛するファンへの深い共感とリスペクトがあります。
おわりに
今回の「perfume of idol」シリーズを通して、私が最も衝撃を受けたこと。それは、「香水とは、ここまで思考を巡らせることのできるものだったのか」という発見です。
単に「いい匂い」で終わるのではなく、トップからラストへの変化の中に物語を見出し、解釈を深めたくなる。 これほどまでに「考えたくなる香水」に出会ったのは、正直初めての経験でした。
もちろん、従来のグッズの枠を超えた特殊なパッケージや仕様など、その高い理想に対して、製造面ではまだ甘い部分(箱の内部、中敷きの破損等)があったのも事実かもしれません。
しかし、無難な仕様で妥協することなく、困難な「こだわり」を貫こうとしたその姿勢と、何よりこの「香りの完成度」。
しかし、無難な仕様で妥協することなく、困難な「こだわり」を貫こうとしたその姿勢と、何よりこの「香りの完成度」。
この香水は、単なるキャラクターグッズではありません。
『あんさんぶるスターズ』という作品と、そこに生きるアイドルたちへの深いリスペクトが詰まった一つの「解釈の結晶」です。
『あんさんぶるスターズ』という作品と、そこに生きるアイドルたちへの深いリスペクトが詰まった一つの「解釈の結晶」です。
推しの内面をより深く感じたい方、香りで物語を纏いたい方。 この「本気」の香水、ぜひ一度肌に乗せてみてください。
