
はじめに
堂々とした性格で、どんな時も冷静。持ち前の体格を活かしながら、豊かな表情で魅了する『MELLOW DEAR US』のリーダー。パフォーマンス担当でメインボーカル。
自信に満ち溢れた王者のような風格。何時間でも歌い踊り、ファンに愛の言葉を囁き「理想の王子様」を演じ切る、鑑のような存在。
しかし、その実態は――。
自身の虚無も、他者の狂気もすべて計算尽くで「アイドル」という甘い虚構に仕立て上げる、底の知れない支配者だとしたら?
今回は、アイドル・小鹿ジュイスの人物像について、彼が抱える「偏愛対象」、そして『MELLOW DEAR US』というグループの本質について深く考察していきたいと思います。
【ATTENTION】 ネタバレについて: 本記事は『あんさんぶるスターズ!!』および小冊子『Chocolat Assort』の核心に触れるネタバレを含みます。 独自解釈について: 作中の描写をもとにした筆者の独自考察です。「社会不適合者」「負のエネルギー」といった表現を用いますが、キャラクターの多面的な魅力を掘り下げることを目的としています。 前提知識: 小冊子『Chocolat Assort』の内容を把握しているとより深くお楽しみいただけます。 電子版はこちら
完璧な王子の「偏食」:ジュイスが背負う宿命
ZK財閥の宿命と「偏愛」
ジュイスは没落した名家「ZK財閥」の分家出身です。この一族には、特定の対象を強制的に愛させる「偏愛(Paranoia)の義務」という歪んだ教育プログラムが存在します。
「あァ、ヨシヒデくんの従兄弟っしょ? 昔俺っちが所属してた事務所に来てたことがあるンだよ。あんまり話したことは無ェし、アイドル屋さんになりたいっつう話も聞いた覚えはなかったンだけどなァ……?」(天城燐音)
天城燐音の証言からも、彼が元々はアイドル志望ではなかったことが示唆されています。 ジュイスにとってアイドル活動とは、実家の義務(偏愛の実践)を果たすことで「自由」を得るための取引材料、あるいは手段である可能性が高いのです。
「嘘」を「真実」に変える味覚
ジュイスは「どれだけ不味い料理でも、毎日食べ続ければいつか本当に美味しく思える」という、狂気じみた哲学を持っています。
ここで言う「不味い料理」とは、彼が強制された「興味のない役割」、あるいは一般的には「忌み嫌われるような異質なもの」でしょう。 彼のアイドルとしての完璧な振る舞いは、この「不味い(嘘)」を「美味しい(真実)」に変えるという、強烈な自己暗示と覚悟の上に成り立っているのです。
オレはアイドルを愛している。 ――愛さなければ、ならない
ジュイスが愛を誓った「不味いトルテ」の正体
ジュイスが課された「偏愛対象」とは何なのか。一つずつ検証していきましょう。
既存メンバー(羽風薫、三毛縞斑など)からは、ジュイスが「プロデューサー(あんず)」と親しい間柄であることを示唆する証言があります。 しかし、ZK財閥が定める「偏愛」の対象によって、彼がアイドルになること(不特定多数に愛を与える存在になること)を余儀なくされているならば、偏愛対象=一個人である可能性は極めて低いでしょう。
対象は「アイドル(偶像)」という虚構
小冊子のラストシーンにある独白に着目します。
今日もオレたちが愛する、アイドルの話をしよう。 どれだけ不味い料理でも。美味しい美味しいって言いながら毎日、食べ続ければ、 いつか本当に美味しく思える気がして。
この文脈が示す事実は一つ。 「今日もオレたちが愛する、アイドルの話をしよう」=「毎日(今日も)、不味い料理を食べる」
つまり、彼にとって「アイドル」という役割そのものが、本来興味のない強制された偏愛対象なのです。
しかし、ここで疑問が残ります。 アイドルとして大成しているジュイスを、なぜZK財閥は「勘当」同然に見放したのか?
「あぁいや、今も実家的にはオレは暴れっぱなしって認識なのかな。だから半ば、勘当されてこうして好き勝手させてもらえてる」
ここに、ジュイスのしたたかな「反逆」が見え隠れします。
教祖ではなく、スターを。ZK財閥への華麗なる「反逆」
なぜ財閥は彼を見放したのか?
ZK財閥は没落したとはいえ、かつては権力を握っていた名家。彼らが再起のために「人を惹きつけるカリスマ(ジュイス)」に期待した役割とは何だったのでしょうか。
歴史を振り返れば、社会への不満や閉塞感が飽和した時、民衆は「強い指導者」を求めます。恐怖、怒り、欠落感といった「負のエネルギー」を薪にして燃え上がる支配者。 おそらくZK財閥は、ジュイスに政治的・宗教的な「支配者としての偶像(Icon)」になることを望み、そのための洗脳教育として「偏愛」を課したのではないでしょうか。
言葉のトリックによる「すり抜け」
しかし、ジュイスはその慧眼で実家の思惑を見抜いていました。 「人々を支配するアイコンとしての『偶像(Idol)』になれ」という実家の命令に対し、彼は言葉のトリックを使ってこう応えたのです。
「わかりました。では芸能界の『アイドル(Idol)』になります」
どちらも民衆を熱狂させる存在には変わりありません。しかし、その本質は似て非なるものです。 これは、実家の「支配せよ」という命令に対する、彼なりのギリギリのへ理屈であり、反逆です。 結果、ZK財閥は彼を「期待外れの道楽息子」と見なして見放した。それこそがジュイスの狙いであり、彼は誰にも邪魔されず、自身の実験を進める自由を手に入れたのです。
「不味い料理」の二重構造:最悪の具材(メンバー)を召し上がれ
さて、ここで冒頭の「不味い料理」の話に戻りましょう。 ジュイスにとっての「アイドル活動」が、食べることを強制された「不味い料理(調理法)」であることは先ほど述べた通りです。
しかし、彼の狂気はそれだけでは終わりません。 ジュイスはこの「不味い調理法」で仕上げる料理の中に、あえて劇薬とも呼べる「最悪の具材」を盛り付けました。
それこそが、他ならぬ『MELLOW DEAR US』のメンバーたちです。
彼らは一様に、常識的な社会生活においては「欠陥」と見なされる要素を抱えています。
甘美な支配欲という名の「毒」を孕んだ、円果望見。 拭いきれない「死の匂い」を纏う、久遠舞珠。 底の見えない「深い虚無」を抱えた、甘楽チトセ。
本来なら、光の当たるステージには決して上がれない、社会の影(ネガティブ)に属する存在たち。いわば、一般的には「不味い」と捨てられる食材です。
しかし、ジュイスは彼らを排除しませんでした。それどころか、その「負のエネルギー」を支配下におき、圧倒的なパフォーマンスと甘い言葉の魔法でコーティングしたのです。
ここで、彼の恐るべき二重構造が完成します。
- 調理法としての「不味さ」:興味のない「アイドル活動」
- 具材としての「不味さ」:社会から弾き出された「メンバーたち」
狂気的なまでの「共犯関係」
この構造の歪さを象徴するのが、ジュイスと似た本質を持ち、彼に心酔する円果望見の言葉です。
「ジュイスのようなアイドルが存在するからこそ、この世界が輝いているのだろう。彼はアイドルを愛し、フアンを愛しているのだから」
なんて美しい、そして皮肉な賛辞でしょうか。 「毒(望見)」が、自分を料理する「シェフ(ジュイス)」を、世界の光だと信じ込んで崇めているのですから。あるいは、全てを知った上でその共犯関係に酔いしれているのかもしれません。
「社会不適合者(不味い具材)」を、「アイドル(不味い調理法)」として大成功させれば、それは「世界一美味しいコース料理(正義)」になる。
これこそが、ジュイスがZK財閥に対して叩きつけた、あまりにも鮮やかで残酷な回答です。 彼は不幸をばら撒く教祖になる代わりに、不幸な者たちを集めてスターにする「ヴィラン(悪役)」のようなヒーローを選んだのです。
『アイドルなんて子供騙しだ』と実家が侮っている隙に、彼は「負の存在たち」を使って民衆を熱狂の渦に巻き込み、実家が求めた以上の「支配」を実現してしまったのですから。
【Last Note】世界への犯行声明と、未来への祈り
「どれだけ不味い料理でも、美味しい美味しいって言いながら毎日食べ続ければ、いつか本当に美味しく思える気がして」
あの衝撃的な独白は、単なる自分騙しや諦めの言葉だったのでしょうか? いいえ、違います。私はそこに、小鹿ジュイスという一人の青年が抱いた切実な「希望」を感じずにはいられません。
生まれながらに「偏愛」を義務付けられ、「不味いもの(歪んだ運命)」を飲み込むことを強いられてきた彼。 けれど、もしも「嘘」でも演技でも「美味しい(幸せだ)」と言い続け、この歪な仲間たちと世界を熱狂させることができたなら。 「正しいものが負(歪)を排除する」という社会のルールすらも覆し、互いに愛し合うことができたのなら。
いつか、その「嘘」が「真実」に変わる瞬間が来るかもしれない。 いつか、仮面の下の素顔のままで、「この世界は生きるに値する美味しい場所だ」と、心から笑える日が来るかもしれない。
『Dear World』が示す魂のロードマップ
彼が「No.1トルテ」として振る舞い続けるのは、ファンを騙して支配するためだけではありません。 そう遠くない未来、自分自身と、自分が選んだ「不味い」仲間たち、そして世界中で同じく「歪み」を抱えて生きる者たちが、本当の意味で救われる結末を、彼自身が誰よりも信じているからではないでしょうか。
「愛さなければならない」という呪いを、「愛してみたい」という祈りに変えて。
その「祈り」は、彼らが最初に世に放った楽曲『Dear World』の歌詞に、明確なメッセージとして刻まれていました。
胸に秘めた Stone 抱えて Alone君たちが変えてくれた Diamond 乱反射する光 So beautiful
ここで歌われる "Stone" とは、彼らが抱える「排除されるべき歪な石(過去や欠落)」のこと。 そして "Diamond" とは、ファンという光に出会うことで昇華された「唯一無二の輝き(アイドルとしての姿)」のこと。
不味い石ころだった自分たちが、愛されることでダイヤモンドに変わる。 これは単なるラブソングではありません。嘘から始まった関係が真実の愛に変わり、世界と「愛し合う」未来を掴み取るまでの、小鹿ジュイスの魂のロードマップそのものなのです。
思い描いてた未来をきっと そうさ僕らは 世界で 愛し合うのさ
歪んだままで、輝け。 怪物たちの優しい逆襲劇は、まだ始まったばかりです。
おわりに
以上、小鹿ジュイスくんについての考察でした。「Dear World」のMV考察や、「MELLOW DEAR US」のメンバーたちについても随時記事を更新して行く予定ですので、また見ていただけると嬉しいです!長文お付き合いいただき、ありがとうございました。