【考察】『Dear World』の祈りと『Mellow Addiction』の猛毒

【考察】『Dear World』の祈りと『Mellow Addiction』の猛毒

それは救済?それとも捕食?

『Dear World』の祈りと『Mellow Addiction』の猛毒。二つの楽曲が示す「実験」の全貌

​【ATTENTION】​
​■ネタバレについて​
小冊子『Chocolat Assort』および楽曲『Dear World』『Mellow Addiction』の歌詞・歌割りの分析を含みます。
​■独自解釈について​
本記事は、作中の描写をもとにした筆者の独自考察です。キャラクターを「実験者」「捕食者」と表現するなど、ダークな側面を掘り下げた解釈を含みますので、あらかじめご了承ください。
​■前提記事について​
本記事は、以前公開したMDUメンバー4名の考察記事の内容を踏まえた「深化版」となっております。未読の方は、先にそちらをご覧いただくとより深くお楽しみいただけます。

はじめに:「救済者」の仮面の下にあるもの

「MELLOW DEAR US」(以下、MDU)のメンバー考察も、前回のチトセ編をもって一巡しました。 支配に飢える女王、虚無を抱えた道化師、模倣の王子。
彼らが抱える「歪み」と、MDUという箱庭で見つけた切実な「救い」を紐解くたび、私の中で一つの疑念が膨れ上がっていきました。
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​「リーダー・小鹿ジュイスのことを理解できていただろうか?」​
以前の記事で、私は彼を​​「慈悲深き革命家(救済者)」​​と定義しました。 社会から弾き出された「不味い」者たちを集め、愛で包み込み、スターへと変える物語。 それは確かに美しい真実の一側面です。
しかし、本当にそれだけでしょうか? 彼の行動をもう一度冷静に見つめ直した時、そこには救済とは程遠い、​​「冷徹な実験者」​​としての顔が見え隠れします。 自身を含めた全てを駒とし、自身の哲学を証明するためだけに動くような存在です。
本記事では、MDUが世に放った対照的な二つの楽曲――​​『Dear World』と『Mellow Addiction』を鍵として、聖人の仮面の下に隠された「怪物の素顔」​​、そしてその怪物が率いる​​「MDUという組織の真の姿」​​に迫ります。
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『Dear World』の顔:石ころをダイヤモンドに変える「救済者」

まず、彼らのデビュー曲とも言える『Dear World』を振り返りましょう。 以前の考察でも触れた通り、ここにはジュイスの​​「救済者(反逆者)」​​としての側面が色濃く表れています。
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​"胸に秘めた Stone 抱えて Alone / 君たちが変えてくれた Diamond"​ ​**​
​"思い描いてた未来をきっと そうさ僕らは 世界で 愛し合うのさ"​
没落した名家・ZK財閥から「支配者」になることを強要された彼は、それを拒絶し、あえて社会から弾き出された「石ころ(Stone)」のようなメンバーたちを選びました。 彼らを否定せず、そのままの形で愛し、ファンの光によって「ダイヤモンド」に変える。 この楽曲は、呪いを祝福に変えようとする、ジュイスの切実な​​「祈り」​​そのものです。
「いつか嘘が真実になる」「不味い料理もいつか美味しくなる」 そう信じて未来へ進む彼の姿は、間違いなく​​聖なる革命家​​のものでした。
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『Mellow Addiction』の顔:他者を喰らい、同化する「捕食者」

しかし、もう一つの楽曲​​『Mellow Addiction』​​を聞いた時、その印象は一変します。 ここにあるのは、未来への祈りではありません。
ファンを自分たちの領域へ引きずり込み、依存させ、飲み込もうとする​​「捕食者」​​の冷徹な眼差しです。
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◆ 歌詞に隠された罠:「US」と「Into me」の意味

まず注目すべきは、ユニット名にもある​​「US(私たち)」​​と、歌詞に頻出する​​「Into me(私の中へ)」​​という言葉です。
通常のアイドルソングが「君(You)」に向けた愛を歌うのに対し、この曲のベクトルは常に​​「こちら側(US)」​​へ向いています。 「Into me」とは、ジュイスの考察にあった​​「不味い料理(毒)」を食べる側になれ​​、あるいは​​「僕らという毒そのものになれ」​​という誘惑。 ファン(You)が境界線を越えてこちら側(US)に来た瞬間、ファンもまた社会の「正しさ」から外れ、彼らと同じ「共犯者」になるのです。 これはラブソングではなく、​​「同化」への招待状​​なのです。

◆ 歌割りが示す役割:完璧に計算された「狩り」の布陣

この曲の歌割りを分析すると、ジュイスがいかに巧妙にメンバーを配置し、ファンを狩ろうとしているかが分かります。
​1. 罠への誘導(チトセ・舞珠・ジュイス)​
冒頭、まずはチトセが歌います。
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​"見つめあえば まずは瞳で"​
​虚無(からっぽ)​​である彼は、鏡のように見る者の欲望を反射します。「王子様」という最強の視覚情報(ビジュアル)で足を止めさせます。 続いて舞珠が​​"ひとつになる"​​と歌い、アイドルとファンの間に本来あるはずの「境界線」をあっけなく溶かします。これは彼が行ってしまった「禁じ手(ファンとの個別の繋がり)」を彷彿とさせる、危険な手招きです。
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そして、その崩れた境界へ、ジュイスが​​"流れ込む互いの熱"​​で全体を混ぜ合わせます。 ここで重要なのは「互いの」という言葉。これはジュイスによる一方的な洗脳ではありません。 彼が注ぐ「支配の熱」と、メンバーやファンが発する「欲望の熱」。 その二つが混ざり合い、ジュイス自身もまたその熱に溶かされ、理性の境界を失っていく。 ​「支配する者」と「される者」が熱で溶け合い、どろどろの「US(私たち)」へと精製されていく様​​が描かれています。
​2. 窒息するほどのシュガーコーティング(望見)​
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​"染み込む Sugary 翻弄して Deep glaze"​
​"焦げ付くほど Mad love"​
その後、メインラッパーの望見が畳み掛けます。 ここで描かれるのは、果物を砂糖漬け(コンフィ)にして保存するような、異常な独占欲(支配欲)です。 砂糖漬けは、本来なら腐ってしまう果物の時間を止め、あるいはまだ食べ頃ではない果物を無理やり甘くして保存する技術。
それは小冊子で語られた、​​「相手を自分の都合の良い形に捻じ曲げて支配する」​​という、望見の本質そのものです。
「己は他人を都合良くねじ曲げ、汚し、己にぴったりのかたちに変えることでしか他人を支配できない。」(円果望見)
彼はファンを、自分色に捻じ曲げ、砂糖で塗り固めて永久保存しようとしているのです。
そして、その狂気は次のフレーズでさらなる深淵を見せます。
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​"So crazy love It’s chocolatic"​
「その狂った愛は、チョコレートのよう(=甘くとろける)」 なぜ、彼は支配や拘束を「甘美(chocolatic)」と言い切れるのでしょうか。 それは他ならぬ望見自身が、​​「絶対的な存在(ジュイス)に支配され、自分を明け渡すことの愉悦」​​を骨の髄まで知っているからです。
「支配されることは、こんなにも甘く、とろけるような体験なのだから」 彼が振る舞う「砂糖漬け」は、一方的な暴力ではありません。
自分が知っている最高の快楽(被支配の蜜)を、ファンにも教え込もうとする、彼なりの歪んだ「愛の施し」なのです。
​3. 暴かれる「本能」と、虚無の共鳴(ジュイス・チトセ)​
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​"おいで よく見せて"​
このフレーズは、『Dear World』の物語を残酷に反転させます。 『Dear World』では、ファンが彼らの中に潜む輝き(Diamond)を見つけ出してくれました。
しかし今、ジュイスは逆にファンに向かって​​「君の正体(中身)を見せて?」​​と問いかけているのです。
彼がかつて、メンバーたちの「不味さ(歪み)」に価値を見出したように。 今度はファンの内側にある、誰にも言えない欲望、隠している傷、社会不適合な「不味い部分」を引き摺り出そうとしています。
「君の中にも怪物(Stone)がいるんだろう?」 そうやって優しく仮面を剥ぎ取り、ファンを「観客」から「実験材料」へと引きずり下ろすのです。
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​"その胸の穴にたっぷりと注いで"​
そして、暴かれたファンの心の「穴(欠落)」に対し、チトセがこの言葉を投げかけます。
ここには、ぞくっとするような皮肉が込められています。 なぜなら、「胸に穴が空いている(虚無)」のは、他ならぬチトセ自身だからです。
本来なら「埋めてほしい」と願うはずの空虚な彼が、あえてファンに向かって「たっぷりと注がせて?」と告げる。 これは救済ではありません。 ​**​
​「君も僕と同じように空っぽなんだよね? だったら、僕たちという毒で満たしてあげる」​ という、空虚な者同士の共鳴を利用したマッチポンプのようなものです。
自分と同じ「穴」を持つ人間を見抜き、そこに依存性のある毒をたっぷりと注ぎ込む。 それはチトセが、自分自身の空虚さを埋めるためにファンを依存させる、無自覚かつ純粋な捕食行為なのです。
​4. 「Addiction」の定義​
そして楽曲は、メンバーそれぞれが自身の「Addiction(中毒)」の定義を告げるパートへとなだれ込みます。
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​"Mellow Addiction そういうのがいいね"​
これは、彼の哲学である「不味いものも食べ続ければ美味しくなる」の実践確認でしょう。
「どう? やばい毒だと思っていたけれど、回ってきて気分が良くなってきたでしょ?」 ファンが毒に侵され、理性を失っていく様を観察し、​​「いいね(美味しくなってきたね)」​​と軽く笑う。
その軽さこそが、すべてをコントロールする実験者の余裕であり、底知れぬ恐怖です。
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​"Mellow Addiction 愛は毒のようさ"​
ファンとDMで繋がり、境界を越えた過去を持つ彼だからこそ、この言葉には重みがあります。 薬も過ぎれば毒になるように、愛もまた、過剰摂取すれば人を壊す「毒」になる。
「僕に近づきすぎると、死んじゃうかも?」と警告しながらも、その致死量ギリギリの愛を注ぎ込む。彼は自分が​​「取り扱い注意の劇薬」​​であることを誰よりも理解しています。
そして同時に、彼自身もまた、その綱渡り(ファンとの距離感)を楽しみすぎて、いつか足を踏み外し、真っ逆さまに落ちてしまう未来すら予感しているのかもしれません。
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​"Mellow Addiction 純粋な Desire"​
「Desire(欲望)」。それは、誰もが心の奥底に隠し持っている​​「自分そのものを受け入れ、認めてほしい」​​という純粋で根源的な渇望です。
かつて彼が望見の中に見出したように、あるいはファン自身が隠している「誰かに見つけてほしい」という叫び。
チトセという空虚な鏡は、そのあまりにも純粋な欲望を反射させ、見る者の心を射抜きます。
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​"Mellow Addiction 深まるほど Into me"​
「Into me(私の中へ)」。この "me" は、単なる望見個人を指す言葉ではないでしょう。 彼が引きずり込んだ先にあるのは、MDUという巨大な​​「泥沼」​​そのものです。
深まれば深まるほど、ファンもメンバーも、互いにどろどろに溶け合って抜け出せなくなる。 彼自身がその沼の深さを愛しているからこそ、道連れにする手つきは優しく、逃れようがありません。
​5. サビへの引き金:理性を壊す、二つの「麻薬的」な問いかけ​
そして、サビで「境界」が溶ける直前、2組のペアがファンに対して決定的な「問いかけ」を行います。
それはまるで、後戻りできない世界へ踏み出す背中を押す、​​麻薬の謳い文句​​のように危険です。
​◆ 依存への勧誘(チトセ・舞珠)​
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​"僕なしでいられない君になれば?"​
1番サビの前でこの言葉を囁くのは、「空虚(チトセ)」と「虚無(舞珠)」の二人です。 彼らは問いかけます。「自立なんてしなくていい。僕らに依存して、僕らなしでは生きられない身体になってしまえば楽になれるよ」と。
それは、理性を捨てて中毒者(Addict)になることへの、あまりにも甘美で直接的な勧誘です。
​◆ 恐怖の麻痺(ジュイス・望見)​
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​"甘い以上怖い未満くらいじゃない?"​
そしてラスサビの前、とどめを刺すのは「支配者(ジュイス)」と「被支配者(望見)」の二人です。
毒に侵される感覚を「怖い」と感じて躊躇するファンに対し、彼らは微笑んで囁きます。 「ほら、怖くなんてない。ただ甘いだけ。」 本来なら逃げ出すべき恐怖(毒)を、「甘い以上の快楽」だと誤認させ、正常な危機管理能力をシャットダウンさせるのです。
この二つの問いかけで理性のタガを外されたファンは、もはや抵抗する術を持ちません。
そして楽曲は、全員で歌う「捕食の完了」へと雪崩れ込みます。
​6. 「捕食」の完了と、境界の消失​
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​"君と曖昧な境界で出会う"​
​"本能で惹きつけあって淫ら"​
何度も繰り返されるこのフレーズこそが、狩りの​​「完了(同化)」​​を意味しています。
本来、アイドルとファンの間には明確な境界線があります。 しかし、彼らはそれを「曖昧」にし、溶かしてしまいました。
ファンは彼らを「食べて(消費して)」いるつもりでいた。けれど気づけば、彼らと自分の境界がわからなくなり、ドロドロに混ざり合っている。
これは、​​「食べる側(ファン)」がいつの間にか「食べられる側(MDUの一部)」になっている​​という、捕食と被食の逆転現象です。 理性を捨て、​​"本能"​​だけで混ざり合うその行為は、社会的な正しさを逸脱した​​"淫ら(みだら)"​​な共犯関係そのもの。
​"はじめての関係に酔いしれて"​ ​"Into me"​
そう、これは貴方が今まで知っていた「アイドルとファン」という関係ではないのです。
不味い毒を皿に盛り、微笑む怪物たちの胃袋へ。 さあ、境界を越えて――。
*

再考・メンバー選定:「機能」か「愛」か、それとも――

『Mellow Addiction』の考察で見えてきたのは、他者の欠落に漬け込み、同化しようとする​​「冷徹な実験者」​​としてのジュイスの姿でした。
一見すると、彼はメンバーの「歪み」を利用し、自身の目的のために搾取しているようにも映ります。
しかし、ここで一つの問いが生まれます。 ​なぜ彼は、これほどまでに扱いの難しい「劇薬」たちをわざわざ選んだのか?​ その答えを探るために、改めて彼と各メンバーの結びつきを紐解くと、そこには一方的な搾取だけでは説明がつかない、​​「毒と器」のような完璧な合致​​が見えてくるのです。
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MDUは公式には、ジュイスの従兄弟である「ナイスP(義秀)」がプロデュースしたユニットです。 しかし、集められたメンバーのあまりの「劇薬」ぶりを見るに、これが一般的なプロデュースの結果とは考えにくい。
おそらく、義秀が​​「扱いに困る在庫」​​として彼らをジュイスにあてがったのか、あるいはジュイスが義秀を誘導し、​​「特定の毒」​​を持つ者を集めさせたのか。
いずれにせよ、重要なのは​​「ジュイスが彼らを拒絶せず、自らの食卓に喜んで並べた」​​という事実です。 そこには、プロデューサーの意図すら超えた、​​「利害の一致を超えた共犯関係」​​が浮かび上がります。

◆ 円果望見:窒息する女王に与えた「鎖」

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望見は「支配」することでしか呼吸ができず、同時に誰かに「正しく支配される」ことを渇望していました。 そんな彼に対し、ジュイスは表向き​​「女王に傅(かしず)く従者」​​を演じています。しかしその実態は、望見を精神的に掌握し、この世界に繋ぎ止める​​「絶対的な王(鎖)」​​そのものです。
ジュイスは望見を「扱いやすい駒」として利用しているようにも見えます。 しかし、自身の注ぐ重すぎる「愛(支配)」を、一滴残らず飲み込んでくれる望見という存在は、ジュイスにとってもまた、自己の存在証明のために手放せないパートナーなのです。

◆ 久遠舞珠:虚無の道化師に与えた「舞台」

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サーカスで幾度も死線を彷徨った彼にとって、その身に纏う「死の匂い」は、先が見え透いた退屈な世界で唯一「生」を実感するための手段だったのかもしれません。
ジュイスが彼を欲したのは、あくまで「バランサーとしての機能」でした。一方、舞珠がなぜその手を取ったのかは明言されていません。しかし、MDUという​​「予測不能な脚本(バグ)」​​に満ちた場所は、彼にとって退屈な日常を壊す、絶好の遊び場(ステージ)に映ったはずです。
ジュイスは「機能」を求め、舞珠はそこに「未知のスリル」を見出した。 冷徹な取引に見えますが、舞珠のような虚無を抱えた道化師に「役割」と「刺激」を与えることこそが、最大の救済になり得るのです。

◆ 甘楽チトセ:空っぽの王子に与えた「輪郭」

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「創造」の苦しみを知り、究極の「模倣」へと辿り着いたチトセ。
ジュイスが彼を選んだのがもし仮に、「自我のないアバターとして使いやすいから」だとしても、チトセにとってそれは残酷なことではありません。 なぜなら、チトセは「誰かの役に立つ型(正解)」を与えられることを何よりも望んでいたからです。
MDUは彼に「理想的な王子様」という最強の役割(型)を与え、チトセはその型を完璧に演じることで「実在」を手に入れた。 それは、空っぽの器に魂を注ぐような、歪んだ​​「創造行為」​​だったと言えるでしょう。
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「不味い料理」の真実:なぜ彼は毒を皿に盛るのか

彼らはジュイスによって「毒(依存)」を注がれましたが、その毒こそが彼らを生かす「鎖」であり、「舞台」であり、「輪郭」でした。
ジュイスは言います。 ​「どれだけ不味い料理でも、美味しい美味しいって言いながら毎日食べ続ければ、いつか本当に美味しく思える気がして」​
この言葉は、『Dear World』の祈りであり、同時に『Mellow Addiction』の実験でもあります。
彼はメンバーを「矯正(美味しく)」しようとはしていません。 彼らの「胸の穴」に毒を注ぎ、​​「この毒(不味い料理)こそが世界一の美味だ」​​と嘘をつき、振る舞う。
そして、民衆(ファン)やメンバー自身がその毒に依存し、熱狂した時――。 ​「不味い」とされた彼らの存在価値は、オセロのように「美味しい(愛されるべきもの)」へと反転します。​
彼がやろうとしているのは、救済(彼らを変えること)でも実験(彼らを使い潰すこと)でもない。
​「不味いままの彼らが、毒を持ったままで、世界に愛される」という奇跡(バグ)を、嘘と依存の力で現実にすること​​なのです。
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おわりに:我々もまた、彼のテーブルに着いている

小鹿ジュイス。 彼は聖人でも悪魔でもなく、毒と嘘を愛に変える​​「狂気の存在」​​です。
彼が振る舞うフルコースが、『Dear World』が描くハッピーエンドの祝祭になるのか。 それとも、『Mellow Addiction』が描く、毒に侵された最後の晩餐になるのか。 それはまだ分かりません。
しかし、確かなことが一つあります。 望見も、舞珠も、チトセも。 そして、彼らの歪さに惹かれ、この記事を読んでいる私たちも。
すでに彼の用意したテーブルに着き、彼が注ぐ「甘い毒(Into me)」の虜になっているということです。
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​「さあ、召し上がれ」​
その微笑みの裏にある真意が明かされる時まで、私たちはこの美味なる「不味い料理」を味わい続けるしかないのでしょう。