
きっかけは、ライブでの「違和感」と、ある一つの仮説
先日行われたMELLOW DEAR US(以下、MDU)の単独ライブ。
華やかなステージを見つめながら、「このパートを、なぜ彼は歌わないのだろうか?」「この視線の先にあるものは何なのか?」と、実際の歌割りと彼らの関係性を重ね合わせた時、ふと違和感――あるいは納得感を覚えたのです。
華やかなステージを見つめながら、「このパートを、なぜ彼は歌わないのだろうか?」「この視線の先にあるものは何なのか?」と、実際の歌割りと彼らの関係性を重ね合わせた時、ふと違和感――あるいは納得感を覚えたのです。

その時、以前SNSのポストで見かけてからずっと心の片隅に引っかかっていた、あるひとつの概念を思い出しました。
それが、MDUのメンバーは、古代ギリシャの哲学で語られる「愛の4類型」をモデルとして作られているのではないか、という言説です。
それが、MDUのメンバーは、古代ギリシャの哲学で語られる「愛の4類型」をモデルとして作られているのではないか、という言説です。
改めてこの4つの法則にメンバーを当てはめ、もう一度その人物像と関係性を解体してみたとき。
あのライブで感じた違和感の正体がわかるかもしれない、そう思い、自分自身の思考の整理も兼ねてまとめてみたのが、今回の考察記事になります。
あのライブで感じた違和感の正体がわかるかもしれない、そう思い、自分自身の思考の整理も兼ねてまとめてみたのが、今回の考察記事になります。
※とても長い上、本当に妄想100%ですので、テキトーに流し読みしてくれると嬉しいです。
「愛の4類型」で読み解くMDUの深淵
彼らが歌う『Mellow Addiction』をはじめとする、甘く危険な楽曲たち。
そこには、一般的なアイドルがファンに与えるような「真っ当な愛」は存在しません。
彼らの本質を読み解くための鍵となるのが、古代ギリシャの哲学で語られる「愛の4類型」です。
そこには、一般的なアイドルがファンに与えるような「真っ当な愛」は存在しません。
彼らの本質を読み解くための鍵となるのが、古代ギリシャの哲学で語られる「愛の4類型」です。
アガペー(Agape): 見返りを求めない無償の愛。自己犠牲と無限の受容。 フィリア(Philia): 対等な友愛。価値観をぶつけ合い、共有する絆。 エロス(Eros): 情熱的な愛。対象への渇望や、価値(対価)を求める取引。 ストルゲー(Storge): 家族愛。保護し、保護される絶対的な安心感と帰属。
MDUの4人は、それぞれがこのうちの1つを異様なまでに「突出」させ、別の1つを決定的に「欠落」させているのではないか、という仮設を立てました。
その歪みこそが彼らの魅力であり、決して交わることのない輪郭の正体なのではないかと考えます。
以下が、メンバーの4類型と簡単な説明です。この後各記事にて、細かく解説していきます。
その歪みこそが彼らの魅力であり、決して交わることのない輪郭の正体なのではないかと考えます。
以下が、メンバーの4類型と簡単な説明です。この後各記事にて、細かく解説していきます。

- 小鹿ジュイス【突出:アガペー / 欠落:エロス】
小冊子でも語られるように、どんな不味い料理(他者から押し付けられたあるべき姿)でも飲み込む、無償の愛(アガペー)。
しかしジュイスには「自分自身がこうしたい」という自我(エロス)がなく、その無条件の受容は優しさではなく、中身が何もない「底なしの空洞」の証明です。

- 円果望見【突出:フィリア / 欠落:アガペー】
相手の皮を剥ぎ、醜い本性を引きずり出して「同じ泥沼の中で対等になる」こと(フィリア)が至上の愛。
ゆえに彼は、ジュイスの「全てを飲み込む美しさ」を崇拝しながらも、どれほど汚そうとしても底なしの空洞のように全てを飲み込んでしまうため、自分のやり方では永遠に手に入らない(対等になれない)という致命的なジレンマに陥っているのです。

- 久遠舞珠【突出:エロス / 欠落:ストルゲー】
溢れるファンサとチームのムードメーカーとして完璧な魔法(パフォーマンス)を提供し、対価としてファンから熱狂を引きずり出す「価値の取引(エロス)」でのみ世界を構築しています。
これはサーカス育ち故か、逆に「ただ生きていてくれるだけでいい」という無条件の安心や帰属(ストルゲー)の概念が、彼のなかにはすっぽりと抜け落ちているのです。

- 甘楽チトセ【突出:ストルゲー / 欠落:フィリア】
「大人になれない、可哀想な僕」を演じて他者に世話を焼かせ、保護される玉座(ストルゲー)に座り続けます。
しかし大人の正論や対等な関係(フィリア)でぶつかり合うことを極端に恐れ、澄んだ(ように見える)瞳で見つめて相手を操り、かと思えば対話を完全に放棄するなど、相手と本心で向き合うことを徹底して避けているのが彼の本性です。
※MDUの複雑な関係性をわかりやすくお伝えするため、少々極端な言葉で要約しています。それぞれの詳細は順次別の記事で紐解いていきますので、ひとまず全体のバランスとしてふんわり捉えていただければ幸いです。

さて、今回はこの4つの法則を踏まえた上で、MDUの愛すべきムードメーカーであり、グループの架け橋でもある「久遠舞珠(くおん ましゅ)」の深淵に潜ってみたいと思います。
ATTENTIONここから先は、筆者の偏った愛と1000%の幻覚(妄想)で構築された、かなりディープで物騒な領域に突入します。
解釈違いで事故りたくない方、明るく平和なアイドルだけを見つめていたい方は、今のうちにブラウザバックを推奨いたします。ここから先は完全なる自己責任という名の沼です!
【要約】この記事で紐解く、久遠舞珠の「3つの真実」と「1つの救済」
久遠舞珠とは、「【突出:エロス/欠落:ストルゲー】――すなわち無条件の愛を知らないがゆえに『愛を取引する完璧な偶像』として君臨し、自ら仕掛けた命懸けのテスト(DM)の果てに、破滅か、それとも無償の愛の獲得かという『究極の天秤』の上で綱渡りをするアイドル。

-
① 突出する「エロス」:生粋のパフォーマーが抱える倫理の崩壊
生死と隣り合わせのサーカスで育った彼にとって、愛とは無条件に与えられるものではありません。
完璧なショーを提供し、その対価(エロス)として勝ち取るものなのです。 -
② 欠落する「ストルゲー」:ショーウィンドウの絶対防壁
彼は分厚いガラスの向こうの安全圏から、甘い言葉でファンを支配します。
「君のために、自分を失うことはない」と豪語し、絶対に他者を自分の内側へ踏み込ませません。 -
③ DM問題:「完璧な偶像」が仕掛ける命懸けの踏み絵
一歩間違えればアイドル生命が終わる「DM」。それは単なる遊びではなく、ファンの愛を測る極限の踏み絵です。
そして心の奥底で「誰か、僕という偶像を殺して本当の愛の場所へ突き落としてくれないか」と願う、悲壮な破滅願望でもあります。 -
④ 虚構の死と、泥沼の救済(結論)
やがてDM流出によって「アイドルとしての死」を迎える彼。
しかし、価値を失い泥だらけになった彼に誰かが手を差し伸べた時、彼は初めて「対価のない愛(ストルゲー)」を知り、本当の表現者として生まれ変わるのです。
※以下に、上記の結論に至った考察を記載します。とても長いので、ご興味のあるところだけでも拾い読みしていただけると嬉しいです…!
表の顔と、アップデートされた真実
以前の記事で、私は彼を「MDUの架け橋」であり、途中加入という不利な立場を守るためにファンとのDMという禁じ手を使った狡猾な戦略家だと評しました。
彼に割り当てられたスイーツ「フルールボラー」の中身が甘い泡であるように、彼の笑顔もまた、実体のない虚構なのだと。
しかし、キャラクター実装後、数々の楽曲が発表されたことで、小冊子『Chocolat Assort』で明かされる深淵はさらに深まり、その解釈はアップデートを余儀なくされました。
彼に割り当てられたスイーツ「フルールボラー」の中身が甘い泡であるように、彼の笑顔もまた、実体のない虚構なのだと。
しかし、キャラクター実装後、数々の楽曲が発表されたことで、小冊子『Chocolat Assort』で明かされる深淵はさらに深まり、その解釈はアップデートを余儀なくされました。

彼はファンを騙して安全な居場所を作っていたのではありません。
むしろその逆で、ステージ上では誰よりも完璧であるのにも関わらず、自らアイドル生命を懸けた危険な綱渡りを仕掛けることでしか生を実感できない、哀しきピエロだったのです。
むしろその逆で、ステージ上では誰よりも完璧であるのにも関わらず、自らアイドル生命を懸けた危険な綱渡りを仕掛けることでしか生を実感できない、哀しきピエロだったのです。
突出する「エロス」と、欠落する「ストルゲー」
彼がなぜ「ストルゲー(安心・帰属)」を欠落させ、代わりに「エロス(価値の取引)」を突出させるに至ったのか。
その答えは、彼の出自である「サーカス」という特殊な環境にあると考えます。
小冊子で彼に割り当てられたスイーツ「フルールボラー(flødeboller)」。これはデンマーク発祥のお菓子ですが、フランス語の「Fleur Voler/Fleur Volage(心を盗む・宙を舞う花/移ろいやすい花)」とも響き合います。
舞珠のソロ曲である『In the Mood of Moon Light』でも「君のFleur Voler」と、実際のお菓子とは違うスペリングがなされています。
その答えは、彼の出自である「サーカス」という特殊な環境にあると考えます。
小冊子で彼に割り当てられたスイーツ「フルールボラー(flødeboller)」。これはデンマーク発祥のお菓子ですが、フランス語の「Fleur Voler/Fleur Volage(心を盗む・宙を舞う花/移ろいやすい花)」とも響き合います。
舞珠のソロ曲である『In the Mood of Moon Light』でも「君のFleur Voler」と、実際のお菓子とは違うスペリングがなされています。
ひとつの場所に決して根を張ることなく、街から街へと移動し続けるサーカス団。彼には最初から、「変わらずそこにある安全な家」や、無条件の居場所(ストルゲー)という概念そのものが存在しなかったのです。

さらに彼は、人生で5回も死にかけた経験を持っています。
大玉に轢かれ、金属が眼窩に刺さり、常に「死」と隣り合わせの極限状態。
そこで生き残るための唯一の手段は、命懸けの完璧なパフォーマンスで客を沸かせ、その対価としてその日の糧(お金や称賛)を得ることでした。
彼にとって、他者(観客)との繋がりとは「自分の芸(価値)を提供し、見返りをもらう」というシビアな取引(エロス)でしかあり得ません。
大玉に轢かれ、金属が眼窩に刺さり、常に「死」と隣り合わせの極限状態。
そこで生き残るための唯一の手段は、命懸けの完璧なパフォーマンスで客を沸かせ、その対価としてその日の糧(お金や称賛)を得ることでした。
彼にとって、他者(観客)との繋がりとは「自分の芸(価値)を提供し、見返りをもらう」というシビアな取引(エロス)でしかあり得ません。
だからこそ、彼はファンからの「あなたのすべてを愛してるよ」「無理しないで」という無償の愛(ストルゲー)を向けられると、混乱に陥り信じることができません。
なぜなら「ありのままの君でいい」という言葉は、彼が死に物狂いで磨き上げてきた「完璧なパフォーマーとしての存在価値」を、根本から無意味にしてしまう残酷な呪いだからです。「安心できる居場所」の作り方など知らない。知っているのは、「完璧な演目を見せて、客を熱狂させる方法」だけなのです。
なぜなら「ありのままの君でいい」という言葉は、彼が死に物狂いで磨き上げてきた「完璧なパフォーマーとしての存在価値」を、根本から無意味にしてしまう残酷な呪いだからです。「安心できる居場所」の作り方など知らない。知っているのは、「完璧な演目を見せて、客を熱狂させる方法」だけなのです。
楽曲から読み解く久遠舞珠という人物
この「重すぎる愛に引きずり込まれないための防壁」は、MDUが歌う楽曲の端々にも表れています。
今回は、筆者が個人的に気になった3つの楽曲をピックアップし、その歌詞や歌割りから舞珠の本質を紐解いてみたいと思います。
今回は、筆者が個人的に気になった3つの楽曲をピックアップし、その歌詞や歌割りから舞珠の本質を紐解いてみたいと思います。

① ソロ曲『In the Mood of Moon Light』:「愛し合うため」ではなく「完璧な魔法を見せるため」の歌
甘いメロディと歌詞からも、彼はファンにすべてを捧げる究極のアイドルのように見えます。
しかし、彼がファンに提供するVIP待遇の正体は、「In the Mood of Moon Light」のあるフレーズに凝縮されています。
しかし、彼がファンに提供するVIP待遇の正体は、「In the Mood of Moon Light」のあるフレーズに凝縮されています。
楽しんで欲しいんだ 君のFleur Voler 「何故?」なんて聞くんだ? そのために (I was born)
フランス語の「Voler」には、「飛ぶ」と「盗む」の2つの意味が存在します。
つまり「Fleur Voler」は、宙を舞う「飛翔する花」であると同時に、「君の心を盗む花」。
本来「根無し草(Fleur Volage)」である彼があえて「”君の”Fleur Voler」と所有格をつけて囁くのは、相手に究極の優越感を与えるための最も劇薬なワンフレーズです。
つまり「Fleur Voler」は、宙を舞う「飛翔する花」であると同時に、「君の心を盗む花」。
本来「根無し草(Fleur Volage)」である彼があえて「”君の”Fleur Voler」と所有格をつけて囁くのは、相手に究極の優越感を与えるための最も劇薬なワンフレーズです。
しかし、「どうしてそこまで私を喜ばせてくれるの?」と問うファンに対して、彼は「君を喜ばせること、君のパフォーマーになること。そのために僕は生まれてきたんだから(I was born)」と答えます。 これは決して悲壮感ではありません。
「久遠舞珠という一人の人間」として愛されること(ストルゲー)よりも、相手が全てを差し出したくなるほどの、完璧なパフォーマンスをするために生を受けたのだ」と本気で思い込んでいる、誇り高くも残酷な絶対的価値なのです。
「久遠舞珠という一人の人間」として愛されること(ストルゲー)よりも、相手が全てを差し出したくなるほどの、完璧なパフォーマンスをするために生を受けたのだ」と本気で思い込んでいる、誇り高くも残酷な絶対的価値なのです。
② 『Mellow Addiction』での沈黙
甘い言葉を囁きながらも、彼が本質的にファンとどう向き合っているかは、この曲の沈黙が証明しています。
ジュイス、望見、チトセがそれぞれ「Into me(私の中へ入ってきて)」と歌い、相手を自分の地獄へ引きずり込もうとする中、舞珠だけが最後まで「Into me」を口にしません。
ジュイス、望見、チトセがそれぞれ「Into me(私の中へ入ってきて)」と歌い、相手を自分の地獄へ引きずり込もうとする中、舞珠だけが最後まで「Into me」を口にしません。
(チトセ&舞珠) はじめての関係に酔いしれて
(ジュイス)Into me(望見&舞珠) どこか足りないような日々はThe end
(チトセ)Into me(望見)Mellow Addiction 深まるほど Into me
彼は絶対に他者を自分の内側(脆い本性)に踏み込ませず、アクアリウムのガラスケース、あるいはショーウィンドウの向こう側で完璧な魔法を提供するだけ。
そのドライな取引(愛や称賛の対価)が成立している間だけ、自分の輪郭を保っていられるのです。
そのドライな取引(愛や称賛の対価)が成立している間だけ、自分の輪郭を保っていられるのです。
③ 『Femme Fatale』:絶対に堕ちないのは「君」ではない
さらに決定的なのが『Femme Fatale』に隠された、時間差の騙し討ち(剣刺しのイリュージョン)です。
(望見&舞珠) 君を失わないために
(舞珠) 自分を失うことはない
…(舞珠) 微睡む心奪ってFall
…(舞珠)この胸を刺してFall
…(望見&舞珠) 微睡む心奪ってFall
ぜひ一度、『Femme Fatale』におけるメンバーそれぞれの「Fall」の割り振りに注意して聴き込んでみてください。舞珠の仕掛ける残酷なイリュージョンが浮かび上がってきます。
絶対に自分を失わないと(死なせない)豪語する彼は、曲中で以下の順に「Fall」を歌います。 ①「微睡む心奪って Fall」(こちらを落とそうとしてくる) ②「この胸を刺して Fall」(急所を差し出してくる)
何度も彼を落とそうと誘惑した「君(聴き手)」は、②の瞬間に「ついにこの完璧なアイドルを奈落へ突き落とした」と優越感に浸るでしょう。 しかし、それは彼が仕掛けた剣刺しの手品(イリュージョン)。彼が「刺されて落ちていく悲劇の主役」を演じた直後、殺したはずの彼は無傷のままで背後に立ちます。 そして、一番油断している「君」に向かって、最後に再びこう囁くのです。
③「微睡む心奪って Fall」
結局、彼は最後まで落ちることなく、逆に私たちを深い地獄へと突き落とすのです。
何度も彼を落とそうと誘惑した「君(聴き手)」は、②の瞬間に「ついにこの完璧なアイドルを奈落へ突き落とした」と優越感に浸るでしょう。 しかし、それは彼が仕掛けた剣刺しの手品(イリュージョン)。彼が「刺されて落ちていく悲劇の主役」を演じた直後、殺したはずの彼は無傷のままで背後に立ちます。 そして、一番油断している「君」に向かって、最後に再びこう囁くのです。
③「微睡む心奪って Fall」
結局、彼は最後まで落ちることなく、逆に私たちを深い地獄へと突き落とすのです。
極めつけは、この結末です。私たちが彼ら(MDU)をメチャクチャにした、完璧なアイドルを堕としたと優越感に浸っていたその瞬間、舞台の幕が下りると同時に、本当の真実が明かされます。
(ALL) どんな術さえも かわし放しはしない
(ジュイス)I'll make you mine(君を僕のものにする)
私たちは彼らに指一本触れることすら許されていなかった。
舞珠の仕掛けた手品すらも、私たちをこの永遠の檻に誘い込むための完璧な目眩ましだったのでしょう。
私たちは最初から最後まで、彼らの狂気的な箱庭のなかで踊らされていた、哀れな「獲物」に過ぎなかったのです。
舞珠の仕掛けた手品すらも、私たちをこの永遠の檻に誘い込むための完璧な目眩ましだったのでしょう。
私たちは最初から最後まで、彼らの狂気的な箱庭のなかで踊らされていた、哀れな「獲物」に過ぎなかったのです。

残酷な真実:円果望見との決定的な対比
このように、楽曲の中では「絶対に自分を傷つけさせない、完璧なショーウィンドウ」を構築し、聴き手を翻弄する舞珠。
しかし、その分厚い防弾ガラスを内側から叩き割ろうとする唯一の異端児がMDUの中に存在しています。
それが、同じくメンバーである円果望見です。
しかし、その分厚い防弾ガラスを内側から叩き割ろうとする唯一の異端児がMDUの中に存在しています。
それが、同じくメンバーである円果望見です。

ここからは視点を変えて、彼らの「舞台裏の関係性」、そして舞珠が現実世界で引き起こしている「DM問題」の残酷な真実に迫りたいと思います。
一見すると、グループ内の役割として舞珠が「汚れ役」を買い、望見が「我儘な女王様(セレブの猫)」として振る舞っているように見えます。
しかし、彼らの精神性を深く覗き込むと、その構図は反転します。
しかし、彼らの精神性を深く覗き込むと、その構図は反転します。
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舞珠(一見、汚れ役): 実際には「完璧な偽物」として分厚いガラスの向こう側に引きこもり、絶対に自分を失わない(リアルな血を流さない)安全圏にいる。
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望見(一見、高慢な猫): 実際には、誰かと対等になるために自ら胸を刺し、血と泥にまみれながら「こっちに来い」と手を伸ばしている。
「汚れ役を引き受けてやってる」と涼しい顔をしている舞珠こそが、実は誰よりも安全圏で綺麗なまま浮いていて。
「セレブの猫」のように高慢に見える望見こそが、実は誰よりも泥だらけになって地獄でもがいている。
お互いがお互いの本質を全く理解できていない(あるいは理解した上で絶対に相容れない)からこそ、あの奇跡のような最悪のバランスが成り立っているのです。
「セレブの猫」のように高慢に見える望見こそが、実は誰よりも泥だらけになって地獄でもがいている。
お互いがお互いの本質を全く理解できていない(あるいは理解した上で絶対に相容れない)からこそ、あの奇跡のような最悪のバランスが成り立っているのです。
二人の会話に隠された「DM問題」の真実
表面上は、ジュイスのお気に入りの座を巡る嫉妬や、望見の物騒なキャラクター性という「ダミー設定」に見える彼らの関係。
しかし、会話や小冊子の内容を紐解くと、この二人が舞珠の引き起こす「DM問題」とその先にある「無償の愛(ストルゲー)の獲得」について、誰よりも深いレベルで対話していたことがわかります。
しかし、会話や小冊子の内容を紐解くと、この二人が舞珠の引き起こす「DM問題」とその先にある「無償の愛(ストルゲー)の獲得」について、誰よりも深いレベルで対話していたことがわかります。

公式ビジュアルで首に巻かれたチェーンハーネスが示すように、舞珠は自らファンに手綱(DM)を渡しています。
しかし、一歩間違えればアイドル生命が終わるこの「DM」は、決して1対1のチープな色恋沙汰などではありません。
しかし、一歩間違えればアイドル生命が終わるこの「DM」は、決して1対1のチープな色恋沙汰などではありません。
望見は舞珠を嫌悪している素振りを見せますが、チトセとの会話の中で、舞珠の本質についてこう語りかける場面があります。
望見:「あの新入りの舞珠だって、健全で真っ直ぐに見えて妙に偏った人格の持ち主ですからね」
チトセ:「舞珠さん、良い子だよ?」
望見:「世間から見て好感がもてるかたちに歪んでいる、というだけですか?」
ファンが盲信している「天使のような良い子」という姿が、実は他者から好意(対価)を引き出すために最適化された「歪な防具」であると、望見は完全に見抜いています。
しかし恐ろしいのは、望見の言葉が「〜というだけですか?」と、その奥にあるさらなる闇を指摘しようとしていた点です。
チトセが「ごめんね、わかんない」と対話をシャットアウトしたことで言葉は途切れましたが、望見は舞珠の計算高さの奥にある「決定的な破滅の匂い」まで嗅ぎ取っていたのではないでしょうか。
しかし恐ろしいのは、望見の言葉が「〜というだけですか?」と、その奥にあるさらなる闇を指摘しようとしていた点です。
チトセが「ごめんね、わかんない」と対話をシャットアウトしたことで言葉は途切れましたが、望見は舞珠の計算高さの奥にある「決定的な破滅の匂い」まで嗅ぎ取っていたのではないでしょうか。
だからこそ、望見は舞珠が極秘に運営する狂信的ファンダム(DM問題)の異常性にもいち早く気づくことができたのでしょう。
噂によると、ファンを囲い・・・いや、自主的に共同体を築いているようだが。それが吉と出るか凶と出るか、己の知るところではないな。
このDMという構造の最も恐ろしくて面白い部分は、舞珠自身が「ファンの抱えるジレンマ」を完全に理解し、意図的に操っている点にあります。
「君たちを『特別なファン』にしてあげるし、心を満たす完璧なパフォーマンス(対価)も提供する。だから、アイドルとしての僕が好きなら、絶対に裏切らないよね?」
ファンからすれば、彼との特別な関係を世間に見せびらかして承認欲求を満たそう(流出させよう)とした瞬間、「自分の一番愛する完璧なアイドル・久遠舞珠」の息の根を止めることになります。 彼を愛し、特別な関係を望めば望むほど、その感情自体が彼を殺す刃になる。 「君の承認欲求より、僕の命を重く見てくれるよね?」とファンの愛を極限まで試す、残酷な踏み絵です。
それは彼にとって、アイドル業では味わえない「死の匂い(サーカスの綱渡り)」であり、「僕の魔法が完璧な限り、このジレンマで君たちが僕を殺せるはずがない」という傲慢なゲームでもありました。
それは彼にとって、アイドル業では味わえない「死の匂い(サーカスの綱渡り)」であり、「僕の魔法が完璧な限り、このジレンマで君たちが僕を殺せるはずがない」という傲慢なゲームでもありました。
望見は、そんな舞珠の危うい綱渡りをこう続けて評しています。 「吉と出るか凶と出るかは、己の知ったことではない」
突き放しているように見えますが、望見は舞珠の「好感を持てる歪み」の奥にある本質を理解しています。
「凶と出る(ファンがジレンマに負けてDMが流出し、破滅する)」可能性だけでなく、彼がこの極限のテストを経て「吉と出る(本物の愛を獲得する)」可能性すらも予感して、この狂気的な実験を観察しているのです。
「凶と出る(ファンがジレンマに負けてDMが流出し、破滅する)」可能性だけでなく、彼がこの極限のテストを経て「吉と出る(本物の愛を獲得する)」可能性すらも予感して、この狂気的な実験を観察しているのです。

そう考えると、望見と舞珠のいつものやり取りすら、まるで望見が舞珠に対して、その綱渡りの先にある結末を予言するように聞こえてきます。
公式HPにて限定公開された、望見と舞珠のやりとりを覚えていますでしょうか?
ジュイスからお土産のケーキを託された舞珠に、望見が猛烈な嫉妬心を燃やして、いつものように芝居がかった物言いで物騒なことを告げるワンシーン。
公式HPにて限定公開された、望見と舞珠のやりとりを覚えていますでしょうか?
ジュイスからお土産のケーキを託された舞珠に、望見が猛烈な嫉妬心を燃やして、いつものように芝居がかった物言いで物騒なことを告げるワンシーン。
望見:「避けがたき不幸も、これを殺せばやがて笑うことができる」
一見すると、舞珠を処分して、ジュイスの前から消せば、ジュイスは自分だけを見てくれる、という望見の危険思考を言語化したものかと思われますが、以下のようにも読み取ることはできないでしょうか?
これは、いつか必ず訪れる「DM流出とアイドル生命の終わり」を示していると。
死の恐怖と隣合わせで全能感に酔いしれながら綱渡りをする舞珠に対し、「偽物の『完璧な偶像(これ)』を一度殺し、価値を失った泥だらけの人間になって初めて、対価なしにありのままを愛される無償の愛(ストルゲー)を獲得し、心から笑うことができるはずだ」という、望見なりの最大の「救済のヒント」であると。
しかし、舞珠はこれに対し、こう返しています。
死の恐怖と隣合わせで全能感に酔いしれながら綱渡りをする舞珠に対し、「偽物の『完璧な偶像(これ)』を一度殺し、価値を失った泥だらけの人間になって初めて、対価なしにありのままを愛される無償の愛(ストルゲー)を獲得し、心から笑うことができるはずだ」という、望見なりの最大の「救済のヒント」であると。
しかし、舞珠はこれに対し、こう返しています。
舞珠:「だいぶ私怨まみれだけど、それってオセロ?」「とりあえずその包丁おろしてくれる? じゃないと誤解という5つ目の悲劇がうまれそう」
シェイクスピアの四大悲劇の一つである「オセロ」。
舞珠は望見の発言がそこからの引用によるものだと気付きます。
さらに望見が突きつける包丁(=偽物を殺し、真実を暴く刃)に対し、舞珠は「包丁をおろして(DMは流出させない)」と拒絶します。 彼は「自分の魔法(パフォーマンス)は完璧だから落とされない」と慢心しつつも、無意識下では望見の言葉の真意に気づき、怯えているのです。
「本物の愛なんていらない。僕は完璧な偶像のままでいいから、僕を現実に引きずり下ろさないでくれ」という必死の防衛本能が、「オセロ」というフィクションの盾となって表れています。
そしてその包丁が下ろされた時、もう一つの新しい悲劇が生まれること(アイドル生命の終わり)も、舞珠はわかっているのです。
舞珠は望見の発言がそこからの引用によるものだと気付きます。
さらに望見が突きつける包丁(=偽物を殺し、真実を暴く刃)に対し、舞珠は「包丁をおろして(DMは流出させない)」と拒絶します。 彼は「自分の魔法(パフォーマンス)は完璧だから落とされない」と慢心しつつも、無意識下では望見の言葉の真意に気づき、怯えているのです。
「本物の愛なんていらない。僕は完璧な偶像のままでいいから、僕を現実に引きずり下ろさないでくれ」という必死の防衛本能が、「オセロ」というフィクションの盾となって表れています。
そしてその包丁が下ろされた時、もう一つの新しい悲劇が生まれること(アイドル生命の終わり)も、舞珠はわかっているのです。

そんな安全圏にすがりつく舞珠に対し、望見は小冊子で決定的な宣告を放っていました。
舞珠が自分の飲み物を頼みに行くついでに、他のメンバーに何がいいかと聞いた時、望見は以下のように答えます。
舞珠が自分の飲み物を頼みに行くついでに、他のメンバーに何がいいかと聞いた時、望見は以下のように答えます。
望見:「今は新入り(舞珠)が苦しみ絶望しながら流した血が飲みたいです」
かなり物騒なことを言っていますが、言葉を一つ一つ見てみると、望見は血を「見たい」のではなく、わざわざ「飲みたい」と表現しているのです。
嫌悪しているはずの相手の血を、あえて自らの体内に取り込もうとする行為。
一見すると矛盾したその異常な渇望こそが、望見の抱く「フィリア(対等な友愛)」の極致に他なりません。相手を泥沼に引きずり下ろし、そのすべてを内側に摂り込むことでしか、彼は他者と「対等」になれないのです。
一見すると矛盾したその異常な渇望こそが、望見の抱く「フィリア(対等な友愛)」の極致に他なりません。相手を泥沼に引きずり下ろし、そのすべてを内側に摂り込むことでしか、彼は他者と「対等」になれないのです。
一方で、DMを使って命懸けの綱渡りを続ける舞珠の魂の奥底には、「誰か、この偽物のショーウィンドウを叩き割って、僕を泥だらけにしてくれないか」という無意識の破滅願望が眠っています。
そして、望見の放った言葉は、まさにその隠された急所を正確に突き刺すものでした。
そして、望見の放った言葉は、まさにその隠された急所を正確に突き刺すものでした。
「偽物の自分を殺し、真っ逆さまに堕ちて、泥まみれで絶望の血を流したお前のことなら、俺がこの体内に飲み込んで(=同化し、完全に認めて)愛してやる」
これこそが、望見が差し向ける絶対的な承認の形(フィリア的な愛の証明)。
早くその綺麗な仮面を引き剥がして、俺と同じ地獄まで堕ちてこいという、執着と共鳴のメッセージに見えてこないでしょうか……?
早くその綺麗な仮面を引き剥がして、俺と同じ地獄まで堕ちてこいという、執着と共鳴のメッセージに見えてこないでしょうか……?

アイドルとしての死:DM流出がもたらす「無償の愛(ストルゲー)」
やがていつの日か、舞珠がファンに裏切られ、DMが流出し、炎上という奈落へ真っ逆さまに落ちていくとしたら。
彼は絶望の中で悟るに違いありません。「ああ、やっぱり僕という虚構は、一瞬の火遊びの対価として消費されて消える運命だったんだ。愛なんて、結局はただの残酷な取引でしかなかったんだ」と。
彼は絶望の中で悟るに違いありません。「ああ、やっぱり僕という虚構は、一瞬の火遊びの対価として消費されて消える運命だったんだ。愛なんて、結局はただの残酷な取引でしかなかったんだ」と。
しかし、この「アイドルとしての死」こそが、彼が真の救済に至るための唯一の通過儀礼なのです。
炎上し、完璧な偶像としての価値がゼロになり、何もかも失って泥だらけになった「ただの久遠舞珠」。
その不完全でボロボロの彼に向かって、かつて完璧な幻を崇拝していたファンたちが、「それでも舞珠の歌が聴きたい」「あなたがそこにいるだけでいい」と、再び手を差し伸べたとしたら。
その瞬間、彼は人生で初めて、対価を支払わなくても存在を許される「本物の無償の愛(ストルゲー)」を知ることになるはずです。
その不完全でボロボロの彼に向かって、かつて完璧な幻を崇拝していたファンたちが、「それでも舞珠の歌が聴きたい」「あなたがそこにいるだけでいい」と、再び手を差し伸べたとしたら。
その瞬間、彼は人生で初めて、対価を支払わなくても存在を許される「本物の無償の愛(ストルゲー)」を知ることになるはずです。
そして、すべてを失ったその泥沼の底で。 舞珠を嫌悪し、同時に誰よりもその墜落を待ち望んでいた望見は、虚構の仮面を剥ぎ取られ、泥まみれの「化け物」となって這い上がってきた彼を見て、きっと至上の笑顔を浮かべることでしょう。
「アイドル・久遠舞珠」の死は、決して終わりではありません。
それは、彼が初めて無条件の愛(ストルゲー)を知り、望見という泥沼の理解者(フィリア)を得て、「本当の表現者」として共闘していくための、最高に劇的で美しいリスタート(再生)の幕開けなのです。
それは、彼が初めて無条件の愛(ストルゲー)を知り、望見という泥沼の理解者(フィリア)を得て、「本当の表現者」として共闘していくための、最高に劇的で美しいリスタート(再生)の幕開けなのです。
――どうか彼らにそんな美しい墜落と救済が待っていてほしいと、強烈に願わずにはいられないのです。

結びに代えて:危険なショーウィンドウから目を離せない
グループで一番小柄で、天使のような愛らしいルックス。
それなのに、ふとした瞬間に彼が放つ、ヒリヒリするような「危うい色気」。
それなのに、ふとした瞬間に彼が放つ、ヒリヒリするような「危うい色気」。
彼は倫理のネジが飛んだスリル狂であり、DMという禁じ手でファンを試す残酷な男です。
しかし、「何がなんでも完璧に演じ切り、観客を熱狂させたい」という、パフォーマーとしての純粋さと狂気的な執念を知ってしまった今。私たちはその生き様を最高に美しいと感じ、彼の業の深さごと、すべてを愛おしく思ってしまうのです。
しかし、「何がなんでも完璧に演じ切り、観客を熱狂させたい」という、パフォーマーとしての純粋さと狂気的な執念を知ってしまった今。私たちはその生き様を最高に美しいと感じ、彼の業の深さごと、すべてを愛おしく思ってしまうのです。
私たちの大好きな完璧なアイドル、久遠舞珠。 彼がいつか本当の愛(ストルゲー)を知り、偽物のガラスを叩き割って泥だらけの笑顔を見せてくれるその日まで。私たちはこの危険なショーウィンドウから、絶対に目を離すことはできません。
(今しかできない、勝手な妄想シナリオ作成にお付き合いいただき、本当にありがとうございました・・・!)