【考察】「創造」に挫折し、「模倣」で繕(つくろ)う。甘楽チトセの存在証明

【考察】「創造」に挫折し、「模倣」で繕(つくろ)う。甘楽チトセの存在証明

「王子様」のアバターを操る、核を持たない演算装置

はじめに

「MELLOW DEAR US」(以下、MDU)考察も、遂に最後の一人となりました。
これまで読み解いてきたMDUのメンバーたち、絶対王者・ジュイス支配の女王・望見道化師・舞珠
彼らには明確な「目的」や「野心」があり、それに向かってアイドル活動をしていることが推測できます。
しかし、最後の一人、​​甘楽チトセ(つづら ちとせ)​​はどうでしょうか。
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「どうしよう........ごめんね、わかんない。」
ファンやメンバーから「王子様」「理想のアイドル」と称される彼の実態は、​​大人になりきれず、自分の輪郭を持たないまま漂う「永遠のこども」​​でした。 今回は、「創造」の才能を持たなかった元・神童が、なぜ「添え物」としての生き方を選んだのか。そして、空っぽの彼が見つけた「本当の居場所」とは何なのか。その切実な魂の軌跡に迫ります。
※100%妄想です!各自、自衛の程よろしくおねがいします。
​【ATTENTION】​
​ネタバレについて:​
本記事は『あんさんぶるスターズ!!』および小冊子『Chocolat Assort』の核心に触れるネタバレを含みます。
​独自解釈について:​
作中の描写をもとにした筆者の独自考察です。少し強い表現(空っぽ、寄生虫等)を用いることがありますが、キャラクターの多面的な魅力を掘り下げることを目的としています。
​前提知識:​
小冊子『Chocolat Assort』の内容を把握しているとより深くお楽しみいただけます。電子版はこちら
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【Subject:甘楽チトセ】

  • ​身長/体重:​ 175cm / 57kg
  • ​血液型:​ A型
  • ​年齢:​ 24歳(ES2年目 4/1時点)
  • ​誕生日​​:11/19
  • ​趣味​​:映画鑑賞
  • ​特技:​ 耳コピができる

【表の顔:完璧な王子様】

ファンの間では「王子様」と称される、MDUの爽やかビジュアル担当。 与えられた譜面、振付、キャラクター設定。それら「正解」が用意されたステージの上では、彼は水を得た魚のように完璧に振る舞います。 その姿は自信に満ち溢れていますが、それは自分への自信ではなく、「用意されたマニュアル(正解)への信頼」に過ぎません。

【裏の顔:空虚な「模倣の天才」】

しかし、その実態は――。 「こうすれば褒められる」「こうすれば愛される」という他者の反応を想像し、理想の姿を継ぎ接ぎして作った​​空っぽの存在​​。 求められることに全て応えられる程には才能があり、幼少期は「神童」と呼ばれていました。
しかし、大人になるにつれ、世間は「あなたはどうしたいの?」とチトセに​​「創造(オリジナリティ)」​​を求め始めます。 空っぽの彼には、それが出せません。だから彼は、MDUという箱庭で求められる「理想的なアイドル」アバターを作り出し、ファンに愛され、メンバーとして貢献することで、自分の存在を許されようとしているのです。
この子、謙虚なんだろうしそれは美徳なんだけど、表彰式とかでも何故か自分は関係ないひとですよ~みたいな態度で何故かちょっと離れたとこに立ってたりするしね。 (久遠舞珠)
アイドルの「アバター」の自分を称賛されたのであって、自分自身が褒められたわけではないと、チトセがそう感じている証拠ではないでしょうか。
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「神童」の魔法が解けた日

では、なぜ彼はここまで頑なに「中身のない自分」に絶望し、作り物の「アバター」に依存するようになってしまったのでしょうか。その原因は、彼がまだ「神童」と呼ばれていた幼い日々の記憶に遡ります。
チトセの特技である「耳コピ」​。そして「子どもの才能があった」と述懐する過去の栄光。 彼はかつて「天才児」として持て囃され、自分は特別だと信じていたに違いありません。
しかし、ある出会いがその幻想を打ち砕きます。
​「この前作曲してたときに、おれに話しかけてきたやつだろ? 『ぼくのこと覚えてないんだね』って言われちゃってさ〜。う〜ん、何のことだかさっぱりわからん!」​​(月永レオ)

「創造」できない苦しみ

ESきっての天才・月永レオ。彼は0から1を生み出す「創造」の側の人間です。チトセも、「耳コピ」(絶対音感)という特技を持っていますが、そっくりにコピーはできても、それは「創造」ではありません。
きっと音楽の分野でも、ある程度の才能が認められていたであろうチトセですが、レオが(幼少期や何らかのタイミングでチトセと会っていたとして)彼を覚えていない事実が全てを物語っています。
チトセは​​「完璧にコピーすること」はできても、「魂を込めて創造すること」ができなかった​​。
「正解さえ教えてくれれば、うまく立ち回れるのに」 大人になるとは、正解のない問いに自分で答えを出すこと。 創造の翼を持たない彼は、レオという本物の天才を前にして、自分がただの「模造品」であることを突きつけられたのではないでしょうか。
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「わかんない」の悲鳴:正解のない世界でショートする脳

チトセは日常会話で頻繁に「わかんない」と思考停止します。 これは彼が愚かだからではなく、​​「相手を喜ばせる(傷つけない)正解」を探しすぎて脳がパンクしているから​​です。
  1. 相手の言葉を聞く。
  2. 「どう返せば喜ぶ?(パターンA)」
  3. 「いや、それだと嫌われるかも(パターンB)」
  4. 「正解はどれ? 間違えたら捨てられる…!」
  5. ​結果:思考回路のショート。「ごめんね、わかんない」​
彼の脳内にあるのは、​​「0か100か」​​の極端な世界。 完璧に正解を出して愛されるか、失敗してゴミのように捨てられるか。 その恐怖に怯える彼は、判断を放棄することでしか自分を守れないのです。
「ご、 ごめんね………。でも、 あの、 傷つけちゃうかなって、あの、わかんないけど、べつに舞珠さんがその程度で傷つくような弱いひとだと言いたいわけじゃなくて」
もじもじと指遊びしてから彼は突然──錯乱した。
「あぁ、これも口にするべきじゃなかった! 批判みたいに聞こえたよね?違うよ?あぁ、駄目だ、喋るの下手だ!何を言えば正解なのかわかんない!」
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MDUという「型」:王子様を演じれば、ここにいていいの?

そんな彼にとって、MDUは救いでした。 ここには「理想的なアイドル像(爽やか王子様キャラ)」という明確な​​「型(テンプレート)」​​があったからです。
「この衣装を着て、この歌を歌って、明るく無邪気に振る舞い、ファンに微笑めばいい」 そこには彼が渇望していた​​「正解」​​がありました。 彼は自分を殺し(そもそも、チトセにはまだ『自分』というものすらないのかもしれません)、喜んでその型に自分を押し込めます。 たとえ中身が空っぽでも、外側さえ完璧なら、ファンは黄色い声援を送り、自分を必要としてくれる。メンバーは「アイドルとして理想的な存在だ」と言って認めてくれる。
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​「僕は役に立っている。だから、ここにいていいんだ」​ 彼が毎週「添え物」の野菜を買い続けたエピソードも、メインディッシュ(MDU)の横で彩りを付け加えるだけの存在としての生き方に、自分を重ねていたからかもしれません。
与えられた役割を完璧にこなし、MDUというメインディッシュを引き立てる「有能な添え物」に徹することで、彼はようやく安住の地を得たかのように見えました。 しかし、そんな彼が「役立つ偽物」としてではなく、​​「ありのままの自分」​​として存在することを許された、たった一つの例外的な関係性があります。
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円果望見:「報酬」という名の救いと、微かな「個」の萌芽

彼が他人との関わり合いの中で見つけた、唯一の「光」のような瞬間。 それが、かつて同居していた​​円果望見​​との間にありました。
望見は「毎時41分に鏡を見る」というルールで、自分が人間であることを確認します。 そしてチトセもまた、他者の反応やあるべき姿という「鏡」がないと、自分の輪郭を保てない人間でした。
二人の出会いは、街中でうずくまり、世界を試すように「可哀想な子ども」を演じていた望見を、チトセが拾い上げたことから始まります。 しかし、同居解消後のチトセは、望見に対し「自分は既に興味の対象外だ」「僕関連の出来事はすぐに忘れられる」と、半ば諦めのような認識を持っていました。所詮、自分は彼の人生の通りすがりの脇役に過ぎないと。
しかし、そんな彼の思い込みを覆すシーンが描かれます。あろうことか望見は、二人の出会いの細部を鮮明に覚えていたのです。
「きちんと覚えているってことは、その瞬間のぼくには、きっとこのエイリアンとしか思えない不思議で偉大な寄生虫にとっても――興味を抱けるような、価値があったのかも」
そして、望見はチトセに対し、​​「君の存在が己にとっては報酬」​​だと告げます。 何かをしてくれたから(Do)ではなく、ただそこにいた君の「優しさあるいは愚かさ(Be)」こそが、自分を救ったのだと。
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​「己の心を動かしてくれる、興味を抱ける存在はもうあまりないので……。君の存在が己にとっては報酬なので。.........」​
その言葉を聞いた時、チトセが見せた、屈託のない笑顔。相手を取りなすために身に着けた、へらへらとした笑顔ではありません。
それは、「役に立ててよかった」という安堵だけではないでしょう。 空っぽだと思っていた自分の内側に、​​「誰かの記憶に残るだけの価値(個)」​​が確かに存在したことへの、魂からの震えるような喜びだったのではないでしょうか。
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唯一の「素直になれる場所」と「本当の自分を映す鏡」

以前望見についての記事で、望見にとってのチトセを​​「空気のように必要不可欠なもの」​​と定義しました。 そして今、チトセにとっての望見もまた、唯一無二の​​「本当の自分を映してくれる鏡」​​であったことが分かります。
  • ​望見にとってのチトセ:​ いなければ窒息してしまう、必要不可欠な​​「空気」​​。
  • ​チトセにとっての望見:​ 空っぽな自分に「価値」という輪郭を与えてくれる、唯一の​​「鏡」​​。
二人はお互いを心の中で(望見は公の場でもですが)罵り合いながらも、その実、互いの瞳という鏡に映る自分の姿を見て、​​「僕は(己は)ここにいていいんだ」と確認し合っているのです。 この関係性の中にこそ、彼らが「甘楽チトセ」「円果望見」という人間​​として立ち上がるための、微かな希望の種が埋まっているのではないでしょうか。
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おわりに:ESの光を浴びた時、彼は「自分」を見つけるか

甘楽チトセ。 彼には野心も、叶えたい夢もないように見えます。 しかし、望見に向けたあの笑顔が「真実」ならば、彼の中には確かに、愛されたい、認められたいという​​熱を持った「核」​​が眠っています。
彼らがこれから挑むのは、​​「個(エゴ)」の輝きを何よりも尊ぶES​​。 そこには、かつて彼を忘れた月永レオをはじめ、強烈な「自分」を持ったアイドルたちがひしめいています。
彼らの圧倒的な光を浴びた時。 「正解」をなぞるだけの偽物の王子様は、どうなるのでしょうか。
「わかんない」と目を背けるのか。 それとも、望見が見出してくれた「自分の価値」を信じ、​​「わかんない。でも、僕はこっち(光の中)にいたい」​​と、初めて自分の足で立つのか。
​「ほんとうの居場所はこっちなんだ」​ その言葉が、単なる「避難場所」を指すのではなく、​​「自ら輝くことを決めたステージ」​​を指す言葉に変わる日。 その時、皿の隅に残されたパセリは、誰かのためではなく自分のために、誇り高く咲き誇るのかもしれません。
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以上で、MDUメンバー4名の考察記事が完結しました!
歪だからこそ愛おしい彼らの物語。
いつか訪れる劇的なフィナーレを夢見て、これからも彼らを追い続けたいと思います。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました!